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新潟地方裁判所 昭和35年(チ)2号 決定 1961年11月01日

申請人 高野春吉 外七名

主文

本件申請をいずれも却下する。

理由

第一申請の要旨

一、申請人らはいずれも新潟県北蒲原郡長浦村所在の長浦岡方普通水利組合の組合員であるが、同組合は昭和二七年八月三日解散し、目下清算中である。右組合の清算人はもと池田与司であつたところ、同人が病気のため執務できなくなつたため、長場岑次ほか一名の者が清算人選任の申請をした結果(御庁昭和三〇年(チ)第一号事件)、昭和三〇年四月三〇日付けの御庁決定をもつて、小林豊作が清算人に追加選任された。

二、ところが、右清算人小林豊作は会計係斉須孝治と共謀して、昭和三一年一一月二六日右組合の公金五〇万円を大光相互銀行新潟支店に小林豊作、斉須孝治および情を知らない阿部竜二ほか二名の氏名を冒用し、それぞれ金一〇万円ずつの一年間の定期預金をして横領したほか、組合の公金を無断で他に貸与するなどの行為をし、もつて組合にたいし合計約二六〇万円の損害をあたえた。

三、右のとおり、清算人小林豊作はその職務を利用して再三にわたつて不正な行為をし、組合にたいして甚大な損害をあたえているのでこれが解任をもとめ、また他の清算人たる池田与司は長期間病床にあつたが、昭和三五年八月一日死亡したため、小林豊作が清算人たる地位を解任されるときは清算人が欠けることになり損害を生ずるおそれがあるので、新たな清算人の選任をもとめるため、本申請におよんだ。

第二当裁判所の判断

一、本件記録に編綴の当庁昭和三〇年(チ)第一号水利組合清算人選任申請事件の記録および被審人高野春吉、小黒清二、阿部竜次、小林豊作、斉藤喜一郎にたいする各審問の結果を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

申請人らはいずれも旧水利組合法(明治四一年法律第五〇号。昭和二四年法律第一九六号による改正前の法律)の規定にもとづいて設立され、普通水利組合たる性格をもつ長浦岡方普通水利組合の組合員である。右組合は昭和二七年八月三日現在において存在し、かつ清算中でもなかつたため、土地改良法施行法(昭和二四年法律第一九六号)第九条などの定めるところにしたがい、右同日の到来とともに解散となり、清算すべき状態にはいりその手続を開始した。もともと右組合の管理者は新潟県知事によつて北蒲原郡長浦村長が指定されていたため、同組合解散当時右長浦村長の職にあり管理者の地位にあつたのが池田与司であつた関係上同人が組合の解散とともに清算人の地位についた。しかるに、その後、右清算人池田与司が病身で清算事務を行なうことができなくなつたため、もと組合の監事であつた組合員長場岑次ほか一名の者が当裁判所に清算人の選任方を申請した結果(当庁昭和三〇年(チ)第一号水利組合清算人選任申請事件)、昭和三〇年四月三〇日付けの当裁判所決定をもつて小林豊作が、民法第七五条とくにその後段の趣旨にのつとり、清算人に追加選任された、他方、清算人池田与司はその後も引きつづき病床にあつたが、昭和三五年八月一日死亡したため、同日以後は小林豊作だけが清算人の地位にあり、今日におよんでいる。

二、よつて進んで、申請人らの申請にもとづき、当裁判所が水利組合の清算人を解任し、または新たな清算人を選任する権限を有するか否かについて考察する。

旧水利組合法にもとづいて設立された水利組合が解散し清算の状態にはいつた場合に何びとが清算人となるのか、またその法的地位、職務権限および清算手続などにかんしては、組合それじたいの決議により任意に解散したときについてはもちろん、土地改良法施行法の規定によつて解散するときについても、旧水利組合法その他の関係法令および長浦岡方普通水利組合規約などのなかで直接規定するものがないため、これをいかに解すべきかにつき疑義の余地がある。それでまず、水利組合の解散前における業務執行機関の地位、性格などを検討したうえ、右の点を考えてみることにする。

水利組合が解散する前の業務執行機関についてみるに、組合は固有の業務執行機関をもたず、都道府県知事が水利組合関係地の市町村長のうちの一人を管理者に指定し、その者をして組合の事務を管理させ、管理者の職務権限としては組合を代表し、組合における一切の事務を担当執行し、もし管理者たる市町村長に故障があるときはその代理者が代理するものと定められていた(旧水利組合法第三三条第一、二項、第三七条、第三九ないし第四一条参照)。管理者として指定された市町村長が町村合併その他の事情により管理者としての職務を行なうにつき不適当と認める事由が生じたとき、指定の取消または変更をしうるか否かについては別段規定するところがないが、管理者を指定しうる権限を有する都道府県知事としては、これを制約する特別規定のない以上、事情のいかんによつては、その自由裁量にもとづき指定の取消または変更をすることができたものと解すべきである。いいかえれば、組合の管理者たる地位は行政庁たる都道府県知事の指定という行政処分によつて設置される公職であり、その指定をうける者は必らず組合関係地の市町村長であることを要し、しかも指定権者は事情のいかんによつては指定の取消または変更の権限を有したのである。

水利組合が解散したとき、何びとが清算人となるかについても別段の規定がないことは前述のとおりであるが、一般に法人が解散したときは、それが公法人たると私法人たるとを問わず、特別の規定がないかぎり、業務執行機関が清算人となるのが通例であるから(たとえば土地改良法第六八条第一項、農業協同組合法第六九条第一項、民法第七四条など参照)、組合の業務執行機関たる管理者が当然に清算人となり、かつその職務権限は清算結了という目的に制約されるけれども、その余の点については従前の管理者と同一の職務権限を有するものというべきである。(なお、厳密に検討すると、組合の解散によつて管理者が清算人となり、その名称のもとに清算事務を行なうことについても法文上の根拠を欠き、ことに明治四二年農商務省令第三九号・耕地整理法施行規則第六九条の規定などと対比するときは管理者をとくに清算人と改称することなく、管理者なる名称のままで清算事務を行なうことも考えられないわけではないが、ここではしばらく清算法人の執行機関たることを示す一般の用語例にしたがい清算人なる名称を付することには、あえて反対しない)。

右のようにして組合の清算人となつた者が、清算手続の中途に死亡その他の事由によつて欠けたとき何びとを清算人に選任すべきか、あるいは清算人として不適当な事由があるときこれを解任しうるか、とくにその選任または解任をいかなる機関がどのような法令に準拠して行なうべきかがつぎに問題となるわけである。

おもうに、水利組合が土地改良法施行法の規定によつて解散し清算の状態にはいつても、同組合は清算の範囲内においてはなお存続するものとみなされ(土地改良法施行法第九条、第七条第三、四項)、解散の前後によつてその法的性格に何らの変動もないこと、そうすると都道府県知事の行政処分たる指定によつて組合の管理者たる公職につき、組合の解散によつて当然清算人となつた者の地位、性格にも別段の変動を生せず、いわば管理者という名称がたんに清算人と変わり、ただ前示のとおりその職務権限が清算結了という目的に制約されるにとどまり、従前の管理者と実質的には同一の職務権限を有すること、組合が解散しても清算の範囲内において存続するものとみなされ、解散の前後によつてその法的性格に差異がなく、清算人の地位、性格および職務権限が前示のとおりであるとすれば、第一次の監督行政庁たる都道府県知事および第二次の監督行政庁たる主務大臣の組合にたいする監督権もその清算が結了するにいたるまで解散前におけると同じく継続すること、都道府県知事によつて管理者に指定された者は、特定の個人たる資格においてではなく、水利組合関係地の市町村長たる資格においてその地位を取得したものであり、その関係は組合が解散することによつても変動をきたすものではなく、したがつて管理者が組合の解散により清算人となつたからといつて、にわかにその性格に変更を生じ個人たる資格においてその職務を行なうものではないことおよび法人の清算人の解任または選任という問題は合目的的裁量作用であつていわゆる民事非訟事項に属し、司法権本来の権能として認められるものではないから、法律上とくにその権限を与える旨の明文がなければ裁判所が関与すべきかぎりでなく、明文のない場合につきたやすく他の規定を類推適用すべきでないことなどを考えあわせると、解散当初に清算人となつた者が清算手続の中途に死亡その他の事由によつて欠けたとしても、管理者が欠けたときと同じく、その後任者たる市町村長またはその代理者が当然に清算人の職務を行なうべく、その清算人につき不適当と認める事由を生じたときは、管理者指定の権限を有した都道府県知事において指定の取消または変更をすべきであつて、司法機関たる裁判所は行政庁の指定によつてその地位を取得した清算人を解任し、または選任する権限を有しないものと解すべきである。もつとも組合の管理者を指定する権限が都道府県知事にあるとする規定は、組合が本来の事業を運営する場合を予想して定めたものであつて、清算事務の遂行にかんしては別途の法的根拠をもとめるべきであるとすることも考えられないではないが、旧水利組合法、土地改良法施行法その他の関係法令に清算人の任免にかんする規定がなく、しかもその準拠法を公法にもとめねばならないとすれば(民法上の清算人の選任、解任にかんする規定を類推適用できないことは、つぎに述べるとおりである。)、清算人とほとんど同一の地位、性格および職務権限を有する管理者の指定にかんする規定を準用するのが相当というべきである。

以上のように解するのにたいして、水利組合法はすでに廃止されており、これを規制すべき法令がないから、法人にかんする原則規定たる民法を類推適用すべきであり、したがつて同法第七五条後段および第七六条の趣旨にのつとり裁判所で清算人を選任し、または解任すべきであるとする考え方がある。水利組合法は土地改良法施行法第八条により水害予防組合法と改称され、現在では直接水利組合を規制する法律は存在しないが、前示のとおり土地改良法施行法の定めるところにしたがい昭和二七年八月三日現在において存続し清算中でないものはすべて解散となり清算の状態にはいつているけれども、同組合はなお清算の範囲内においては存続するものとみなされるのであるから、水利組合法のうち清算にかんする事項にかぎり現在においてもまだ廃止されていないといわねばならない。またいわゆる公法関係についても私法法規の適用される余地のあることはもとよりであるが、それにはおのずから一定の限界があり、優越的意思の主体たる公法人の内部的組織に関係する問題を、私的自治の原則のもとに対等の当事者間の利害調整を主たる目的とする私法によつて規律される私法人の内部組織にかんする原理によつて規制することは、特別の規定でもないかぎり(たとえば土地改良法第七六条参照)、これを許すべきでないものと解するを相当とするところ、水利組合は水利土功にかんする事業であつて特別の事情により都道府県その他の地方公共団体の事業とすることのできないものがある場合に設置される法人であつて、いわゆる公共組合として公法人たる性格を有することは明らかであり(旧水利組合法第一、二条)、その清算人の選任または解任にかんする事項は組合の内部的組織に関係する問題であり、しかも私法法規を準用する旨の特別規定もないのであるから、民法第七五条および第七六条の規定を組合の清算人の選任または解任に類推適用する余地はない。このことは、組合が解散し清算の状態にはいつたのちも都道府県知事または主務大臣などの行政機関が清算事務執行上の監督権を有すること前示のとおりであるにもかかわらず、清算事務執行上の最高責任者たる清算人の任免権のみを司法機関たる裁判所が有するというのは甚はだ不合理であり、また行政機関の指定という行政処分にもとづいて公職につき、その監督のもとに業務を執行している清算人を、司法機関が独自の立場からその地位を失なわせ(民法第七六条)、あるいは自由裁量によつてその後任者を第三者のなかから選任する(同法第七五条)などということは、明文の根拠がないかぎり許容すべきでないことからみても明らかであろう。

そのほか水利組合の清算人の選任および解任の権限は裁判所になく、都道府県知事がこれを有するとするもののなかにも、同知事が第一次的な監督機関であることにその根拠をもとめるものがある。組合が清算結了にいたるまで、行政庁が依然として監督権を有すると解すべきことは前示のとおりであり、第一次の監督行政庁たる都道府県知事は、組合事務の監督上必要な命令を発し処分する権限をもち、そのほか広汎な監督権を与えられているが(旧水利組合法第七二条第二項など)、右の監督権は組合の清算業務にかんする行政上の監督権を意味するにとどまり、管理者ないし清算人の指定もしくはその取消、変更にかんする権限までもふくむ趣旨のものではない。すなわち、都道府県知事は旧水利組合法第三三条第一項によつて与えられた固有の権原にもとづき清算人の指定を取消または変更しうるのであるから、都道府県知事が第一次的な行政上の監督権を有することを理由として、清算人を選任し、または解任しうるとする考え方は支持することができない。

要するに、司法機関たる裁判所としては水利組合の清算人を解任し、または新たな清算人を選任する権限はこれを有しないものというほかはない。

三、以上の次第であるから、水利組合清算人の解任および選任をもとめる本申請はいずれも失当として却下することにし、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡垣学)

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